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【世界とは何か】1.世界は何で出来ているのか ー 1−1.万物の根源をめぐる古代の戦い

 世界を理解するための方法の一つとして、「世界は一体何で出来ているのか」と考える方法ある。現代では小中学生でも、物質は百十数個の原子が分子をつくり、様々な物質になっているということを知っている。最近ではクオークニュートリノなんていう言葉もメジャーになってきたので素粒子論を知っている人も多い。だから、世界は共通の目には見えない小さな物質で出来上がっているのだ、という考え方はわりとすんなり受け入れてられているのではないだろうか。
 しかし、世界のあらゆる物質が肉眼ではみえないような共通の物質で成り立っているのではないか、という考え方は決してメジャーな考えではなかったようだ。たしかに、僕たちがいま目の前にあるコップをみて「これは『コップ』というひとつの物質ではなく、別のものでできているのだ」と考え、さらにまわりの景色をみて「机も箪笥も庭も木も、コップと同じ物質でできているのだ」と考えることはなんだかトンチンカンに思える。

 あらゆる物質は共通の最小単位で構成されていると考え始めた人は古代ギリシャの哲学者だといわれている。古代ギリシャ時代はとにかく有名な哲学者が多い。その理由は奴隷制のおかげで仕事や雑務に追われることなく思索に耽ることができたからだとよくいわれる。村上春樹はデビュー作『風の歌を聴け』でこんな文章を書いている。
”もしあなたが芸術や文学を求めているのならギリシャ人の書いたものを読めばいい。真の芸術が生み出されるためには奴隷制度が必要不可欠だからだ。古代ギリシャ人がそうであったように、奴隷が畑を耕し、食事を作り、船を漕ぎ、そしてその間に市民は地中海の太陽の下で詩作に耽り、数学に取り組む。芸術とはそういったものだ。夜中の3時に寝静まった台所の冷蔵庫を漁るような人間には、それだけの文章しか書くことはできない。そして、それが僕だ。”
奴隷制があるおかげで学問が発達するとするなら皮肉だ。これはある種のジレンマだと言えるだろう。奴隷制以外の理由として、イオニア地方など貿易の拠点となったところでは多くの異種文化と関わる機会があったため、それまでの価値観にとらわれない自由な考えをうむ風土が出来たというのがある。

 世界最古の哲学者といわれているタレスは、「万物は水である」と言った。それまでの人間の価値観は、例えばコップはコップという物質そのものであるとか、自然現象は神々の遊び、なんていう神話的な説明ばかりだった。タレスはそういった伝統的な神話の考え方に疑問を呈し、物質の共通項を探し、論理的にかつ全体を網羅する説明を考えた。アリストテレスは、このような哲学の基本となる論理的で全体志向の思考をもったのはタレスが最初だったとして、タレスを「世界最古の哲学者」と呼んだ。真理探求の哲学史タレスから始まったといわれる。
 しかし、万物は水だと考えるのはムリがあるだろ、とさすがに当時の人も思った。古代ギリシャではその後も「万物とは〜」をめぐる探求が行われた。哲学者らは万物の根源を「アルケー」と名付けた。万物の根源をめぐる探求は主にイオニア地方で行われたため、イオニア自然哲学と呼ばれる。以下の表に主な哲学者とアルケーを書きました。気になる方は各々調べてみてください。

哲学者

アルケー

タレス

アナクシマンドロス

アペイロン(限定を受けないもの)

ヘラクレイトス

(万物は流転する)

パルメニデス

(万物不変説)

デモクリトス

原子

ヘラクレイトス

エンペドクレス

火、水、土、空気

ピタゴラス

 

 「原子」を世界の最小単位と考えたのは古代ギリシャデモクリトスやレウキッポスだった。驚くことに、彼らの原子論は現代の原子論とよく似ていた。実際に原子の存在が科学的に考察されるようになったのは17世紀になってからだが、原子(Atom)の概念と語源はデモクリトスやレウキッポスの考えが元になっている。レウキッポスはデモクリトスの師匠にあたり、原子論を最初に提唱した。デモクリトスは師匠の考えを受け継ぎ体系を完成させた。
 デモクリトスの原子論は、ヘラクレイトスパルメニデスの考えをかけ合わせた理論だと考えるといい。ヘラクレイトスは「万物は流転する」と言った。ヘラクレイトスは、石が土になり、土が木になり、木がりんごになるといった観察から、万物はすべて変化するという共通点を見出したのだ。パルメニデスは、非存在から存在が生まれるのは矛盾だと考えた。りんごをどれだけ切り刻んでも小さくなったりんごになるだけだとして、万物不変説を唱えた。デモクリトスの原子論は、原子という最小単位が結合したり分離したりして世界は成り立っているという考えである。原子という存在を仮定することで非存在から存在が生まれるというパルメニデスの指摘に答えた。また、原子が「虚空」を飛び回っているとし、非存在を虚空という存在と考えた。このように、「変化しない原子」が、結合・分離することで「変化する」とし、ヘラクレイトスの万物流転とパルメニデスの万物不変を調停したのだ。デモクリトスは、人間も含めて世界のすべては原子の結合と分離によってなりたっているとし、「唯物史観」を唱えたことでも有名だ。

 

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 顕微鏡も加速器ももたない紀元前400年頃において既に、現在の原子とそっくりな原子論が唱えられていたのだ。しかし、当時は顕微鏡などあるはずもなく、19世紀になるまで原子の存在を確認されることはなかった。どちらかというとアリストテレスの4大元素(火・水・空気・木)という考え方が長らく支持されることになった。アリストテレスは、文字通り世界を制覇したアレキサンダー大王の家庭教師ということもあって絶大な影響力をもっていた。そのため、唱えた論が正しいか正しくないかあまり議論されることもないまま人々に受け入れられていったのだ。デモクリトスの原子論は二千年近く日の目をみることはなかった。

 

 

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参考文献

http://www.irohabook.com/arche

http://www.sic.shibaura-it.ac.jp/~a-hatano/a-hatano/education-BC_files/基礎化学1原子論-.pdf

http://matsuura05.exblog.jp/298279/