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僕らの行く道

若者の若者による若者のためのブログ

眠るという創造 朝日新聞社説(2015.12.31)【雑感】

「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」

ルイス・キャロルの小説『鏡の国のアリス』に登場する赤の女王が発する上記の言葉は、赤の女王仮説として生物学でも有名だ。この言葉が表すように私たちは、前進するためには活動し続けなくてはいけないと考えるフシがあるように思う。

僕自身、幸せになるためには毎日を活動的に過ごしていくことが必要であると考えていた。楽しいことや夢を求めて活発に動き回ることが正しいことであって、停滞することは悪いことだと考える傾向があった。

 

大晦日の朝日新聞の社説に、そんな価値観を変えてくれるような面白いことが書いてあった。この日の社説は文学的で天声人語のような雰囲気があった。

世界はどうやってできたか。アメリカ先住民のアコマヴィには、こんな神話があるという。

雲が固まってコヨーテになり、霧が凝縮してギンギツネとなる。ギンギツネは熱心に仕事をして、陸地をつくり、木や岩をつくる。コヨーテはその間、ただ眠っているだけ。コヨーテは眠ることでギンギツネの創造に協力しているのだ――。(河合隼雄「神話の心理学」)

コヨーテはなぜ、眠っているのに創造に協力しているのだろうか。陸を作り、木や岩を作ることが必ずしも創造に貢献しないからだろうか。地球が昼と夜とで半々にわかれているために、活動と休息の両面から世界を想像する必要があるからだろうか。

神話の目的がなんであれ、僕に感銘を与えるのは、世界を創造するものは活動的なギンギツネだけではなく眠り続けるコヨーテも含まれるということが、ある文化では当然とみなされているということだ。活動し続けることが前進することだという僕の価値観は固定化されたマインドだということに気付かされる。

グローバル資本主義社会で競争に揉まれているうちに、休息の重要性を僕たちは忘れがちになるのかもしれない。

 

この日の社説では、鶴見俊輔さんの詩も引用している。

深くねむるために 世界は あり/ねむりの深さが 世界の意味だ(「かたつむり」) 

手段が目的化し、あくせく働くことそのものが自らの目的になってしまいがちな現代社会で、眠ることに世界の意味を見出すことのできる人はどれだけいるだろう。

 

逆説的な主張に僕は生き方を考えなおされた。創造するとは、何らかの行動を起こすことだと考えてしまうが、何の行動も起こさないこともまた創造なのだ。活動し何かを残すことが、世界の意味だと捉えるかもしれないが、限りなく個人的な営みである深い眠りもまた、世界の意味であるのだ。

停滞または後退とみなされがちな休息をもっと大事にしていきたい。